2016年4月21日 (木)

「激甚災害指定」をめぐる政権側の思惑

熊本・大分大地震に対して、安倍首相はなぜ「激甚災害指定」をしないのか?という指摘が数多くされています。

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http://lite-ra.com/2016/04/post-2175_3.html

上記の記事では、「対応の差」について、

「両者のあまりに違う対応の差を見ていると、熊本県の被災地選出議員に安倍首相を動かせる自民党の有力議員がいないからなのか、という気さえしてくる。地元選出の議員の力で、激甚災害指定への姿勢が決まるなんてことはあってはならないのだが……。」

となっていますが、最大の理由は、「消費税引き上げ」の問題ではないでしょうか。

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http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/20/suga-talks-about-kumamoto_n_9735528.html

今回の震災前まで、安倍首相の念頭にあったと思われるのは7月の衆参ダブル選挙。そして、政権側の「目玉政策」が「消費税10%への引き上げの延期」。

激甚災害指定をすれば、消費税引き上げ中止が自動的に確定していまい、選挙の目玉ではなくなってしまう」というのが、政権側の率直なところではないでしょうか。

被災地の状況に心を寄せたり、国民の生活状況に心を寄せるよりも、念頭にあるのはいかに「いかに選挙に勝つか」、ここからしか「政策」が決められていないのではないかと思わざるを得ません。

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2014年2月 4日 (火)

秘密保護法 ぬるい国会議論

ある調べものの関係で、国会のインターネット中継の録画を見ていると、秘密保護法の「第三者機関」に関する質問と答弁(1/31予算委員会)が行われていました。思わず見入った後に、文字おこししてみたのですが、「何、この議論!」というぐらいアベちゃんの言っていることはわけわからないし、質疑者の岡田克也氏(民主党)も「おい、おい、それだけかよ」と言いたくなる「ぬるい」もの。

以下、文字おこししたものを貼り付けておきますので、ご覧ください。

岡田克也議員

第三者機関、つまり、情報保全監察室を内閣府に設置するということになっていますが、これはどうして第三者機関なのか。独立性というのはどういう風に担保されているのでしょうか。

森担当大臣

法律の附則9条におきまして、独立した監査機関をおくことになっておりまして、これを施行までに、仮称でありますけど、情報保全監察室を設置し、行政機関による個別の特定秘密の指定をチェックすることとしております。これは内閣府に置かれます。ですから、防衛大臣が指定した防衛秘密、外務大臣が指定した外務秘密、それらをそこと独立した公正な立場で、特定秘密の指定をチェックするというものでございます。

この答弁は、とうとうと読み上げておりましたから、おそらく官僚の答弁メモ。けっして「第三者機関」という言葉を使わず、「独立した監査機関」という言葉を使用しています。そしてこの「独立した」とは、各省庁から「独立した」という意味であるとしています。

岡田克也議員

まず、第三者機関とは当事者の外にあるのが、普通の第三者機関だと思うんですね。政府の中にあって、それが第三者機関というのは聞いたことがないんですね。独立性についても、内閣府にあるから、他の役所と独立しているということですが、内閣の中では一つじゃないですか。

内閣官房の長というのは、総理ですよね。違いますか。総理なんですよ。ですから、総理が特定秘密を指定する立場にあるわけです。内閣府も総理なんですね。共通しているわけですよ。けっして独立じゃないですよね。そして、内閣官房の指定する特定秘密は、おそらくたくさん指定されます。おそらく衛星写真だけでなく、内閣調査室の情報もあります。あるいはこれから日本版NSCを作るんであれば、その事務局である国家戦略局の情報もあります。膨大な情報が内閣官房にあるわけですね。それを同じ総理をいただく内閣府で、独立して中身をチェックできるんですか。

安倍首相

まあ、この~。第三者機関と言っても政府内じゃないかというお話なんですが、例えば、秘密について、外務省のものであれば、外務省だけで判断をしていたわけですね。防衛省であれば、防衛省だけだったわけですよ。これがあらたにこういうものがつくられるのは、特定秘密で初めてつくられるわけですから、これは大きな違いが、私はあると思いますよ。

意味のない「大きな違い」を強調し、政府外の「第三者機関」については、何も答えていない。

そして、総理大臣である私と言うのは、国民から選ばれた国会議員から選ばれ政府を率いる立場として、行政機関が正しく秘密にしているかどうか、国民の代表としても見る。もちろん政府の代表でもあるわけですが、国民に選ばられた国会議員の代表としても、見るわけであります。そして、それは政権も変わるわけですから、正しかったかどうかというのは後々必ず検証を受けるわけであります。

総理大臣は、「国会議員の代表」?いや、いや行政の長でしょ。何を言っているのかさっぱりわかりません。「国民の代表」だから、「まかせて安心」ということ?

そこで、私が果たして全部見れるかということでありますが、先ほども申し上げましたように、特別管理秘密については90%以上が衛星写真であり、さらに暗号があって、武器、あるいは潜水艦については、スクリューの形状、あるいは厚さ、等々も含めて細かい秘密がいくつもあるわけです。それをコピーすれば一件一件増えていくわけでありますが、それを全部足しこんでいっての42~43万ということになるわけでありますが、ほとんどが防衛秘密といっても、いいんだろうと思います。内閣官房においてもほとんどが衛星といってもいいんだろうと、こう思うわけであります。その上で、カテゴリーをしっかりと分けていく中で、これはしっかりと見ていくもの、あるいは、こういうカテゴリーになっているんだなと思うものもあるわけでありますから、その中で私は十分に把握は可能であろうと。それは外国の情報機関から提供されていて、それをつまりですね、サードパーティールールで外に出せないものというのもあるでしょうし、それ以外のテロから守るためにこういうことをしていますよというカテゴリー。

外野から野次らないでください!真剣に議論しているんですから。

ということを私たちはしっかりと見ていく事は可能なんだろうと思います。

「私がちゃんと見ることができる」という理由をとうとうを述べいているのですが、そんなことが問題ではありません。行政の長の決定が恣意的ではないか、濫用はないかというチェック機能の問題でしょ。ヤジは当然。私がその場にいたら、「あんたは一日中それを見ていろ。その方が世のため人のため」ぐらいのヤジを飛ばすでしょう。

岡田克也議員

総理ご自身が、最終的な担保になっているというご答弁ですが、この法律の本質というのは、権力というものが時には国民にとって、暴走したり、権利を侵害するということでつくられている法律だと思うんですよね。その権力の頂点が総理大臣ですから、総理が見ているから大丈夫だというのは、説明になっていないと思うんですね。先ほどの密約の話でも歴代の総理が事実に反する答弁をしてきたという歴史もあるじゃないですか。ですから、そこはもう少し独立した、あるいは第三者の入ったような、そういう機関構成にする必要があるんじゃないかと思います。

「もう少し独立した」とか、「第三者が入ったような」とか、何ぬるいことを言っているのか、岡田さん。最低限、行政機関以外の第三者で構成する独立行政委員会とか、明確に示すべきでしょう。もちろん、独立行政委員会が、政権の意向から独立できるかという点はありますが、法の必要性は認める民主党からしたら、最低ラインでしょ。

私は、もちろん特定秘密保護法は廃止すべきだと思います。

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2012年6月18日 (月)

なんじゃこりゃ!三党合意

先週末、民主、自民、公明三党は社会保障と税の一体改革の修正協議で合意したとのこと。そもそも野田政権が消費税増税の「根拠」としてきた「社会保障と税の一体改革」の中身自身が具体的には全くわからなかったのに、三党合意では、年金、医療、介護などほとんどのものが「国民会議で議論する」と棚上げ、結局残ったのは、とにかく消費税を上げることだけが決められようとしているわけじゃありませんか。まさに「理由なき大増税」です。

そもそも「国民会議」というのは、一体何なのでしょうか。有識者と国会議員も交えて議論するそうですが、では、国会は何をするのでしょう。民主、自民、公明の「談合会議」ということなんですかねえ。ある意味、「擬似大連立」に思えてきますし、それを良しとする大手メディアも含めて、翼賛政治を彷彿させます。

「デフレ下での消費税の増税」「過酷事故を起こしても原発再稼動」と、常識的に見てもありえないことが続く日本の政治。私が言うのもなんですが、もう少し政治に常識的判断と合理的判断が必要じゃないでしょうか。

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2012年2月 3日 (金)

国会コント

最近の国会を見ていると、下手なコントより面白いものがあります。民主党政権下で次々と出てくる官僚の度し難い対応、具体的には東日本大震災、原発事故に関する各種会議の「議事録がない」という問題、そして、今回の沖縄防衛局長の「ご講話」問題。(「講話」だそうで、すごい上から目線ですね)

これらの話が出てくると、一旦は自民党側は、「許しがたいこと」などと言ったコメントが出てきますが、それがすべてブーメランのごとく、「自民党政権でもやっていた」という、オチがついてくるわけです。

この「ブーメラン効果」かどうかわかりませんが、今日の国会(沖縄防衛局長の参考人質疑)では、180度態度が変わってしまいました。

当初自民党は、

「防衛局長だけで乗り切れるとかの(の問題)ではない」(大島理森副自民党副総裁)
「徹底的に責任問題を追及しなければならない」(石原伸晃自民党幹事長)

だったはずですが、自民党で質疑にたった中谷何某という議員は、「(局長講話の)どこが問題なんだ」「防衛局職員は一生懸命やっている」「処分などとんでもない」と。

「徹底的な責任追及」は、コロッと防衛官僚擁護に転じています。おまけに無茶苦茶な議論のすり替え。自民党中谷議員がまず取り上げたのは、宜野湾市職労の市長選に対する組織内文書。すなわち、沖縄防衛局長の「講話」問題を民主党の主要な支持基盤である労組への牽制にすりかえたわけです。

この「ブーメラン現象」、民主党が自民党の政策に限りなく接近することにより、自民党が批判すればするほど、自らの身に降りかかってくるというもの。

「歴史は繰り返すと。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」と言う言葉がありますが、現状ではどちらかと言うと「喜劇」が「悲劇」に転じないことを願うばかりです。

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2011年12月 1日 (木)

「これから犯すと言いますか」発言について

田中聡沖縄防衛局長が、普天間基地の「辺野古移転」にあたっての環境アセスメントの評価書の年内提出をあいまいにしていることについて、「犯す前にこれから犯しますよ言いますか」という発言で更迭されました。さらに国会では、このことも含めて一川防衛相の問責決議案提出の動きも始まっています。

民主党政権が、普天間基地の国外・県外移転という自らの選挙公約を覆し、さらに沖縄の人々の意思を無視して辺野古を移転を強行しようとしているのは、とんでもない話ですし、今回の防衛官僚の発言は、政権の意思どおり、まさしく「本音」でしょう。(まあ、どっちかというと強い意志をもっているのは防衛官僚の方でしょうけど)

今回のことについて、国会で厳しく批判をしている自民党、公明党のみなさんは、「地元の方々にとっても不愉快な思いをさせる発言」(自民党岸田国対委員長)、「トップの緊張感のなさは責任を問われる」(公明党漆原国対委員長)というコメントを出しています。

しかしこれは、「沖縄の人々の感情を傷つけて、辺野古移転ができなくなったらどうするんだ」あるいは「緊張感がないから、新聞記者にオフレコとはいえほんとうのことを言ってしまうんだ」ということを言っているとしか私には思えません。

なぜなら、自民党・公明党は、普天間基地の辺野古を移転を決めた当事者であり、今もその政策は変えていないからです。沖縄の人々の感情に寄り添うようなフリをしながら、やろうとしているのは沖縄の人々の意思を踏みにじることではありませんか。そういった点では、現政権と全く同じ立場。要は、民主党政権への批判は、「自公政権だったら、もっとうまく辺野古移転をやるのに」ということでしょう。(消費税増税も同じ構図ですが)

民主党政権も自民党、公明党も沖縄の人々の意思を尊重するならば単にうわべだけの「感情の問題」ではなく、その感情の基礎にあるのは沖縄への基地負担、そして、普天間基地の国外(県外)移転を求める意思であることを肝に銘じるべきです。

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2011年11月17日 (木)

民間保育所への国庫負担金が廃止?!

おとといの神奈川新聞の一面だったと思いますが、政府が民間保育園への国庫負担金の廃止を検討しているという記事がありました。

理由は、子ども手当の導入と共に実施された年少扶養税控除などの廃止によって、地方自治体は来年度(2012年度以降)は、税収増となるので、その分を現在国が「保育所運営費負担金」として支出しているものを廃止するということだそうです。

一見するとなんか「合理的」のように見えますが、実はメチャクチャな話です。

まず、確かに地方自治体は、年少扶養税控除などの廃止で来年度以降増収となります。座間市の場合、増収見込みは約2億4400万円。一方、国からの民間保育園運営費負担金は、約2億3400万円。県負担金は約1億1700万円。国庫負担金だけ廃止された場合は、たしかにトントンですが、もし国庫負担金が廃止された際に県負担金も廃止になるとすれば、座間市にすればマイナス1億1700円となります。

さらに国庫負担金だけ廃止された場合でも、現状でトントンということであって、毎年増えている待機児童解消のために、保育所が増設された場合は、座間市にとってはマイナスが膨れ上がることになります。結局待機児童解消に向けた保育所の増設にとって、負のインセンティブになる可能性が大です。

もう一方で大事なことは、子ども手当との関係です。この前のブログでも紹介したように、今年10月から子ども手当なのか児童手当なのかわかりませんが、これまで月額13000円(民主党マニフェストの半額)が、一部を除いてほとんどが月額10000円に減額されます。月額13000円であっても年少扶養控除の廃止で、家計上マイナスとなる世帯が出てくるのですが、月額10000円となれば、マイナス世帯はさらに増えることになります。だからこそ、3党合意では来年度扶養控除の「復活」も含めて「措置」をとることが決まっていたはず。それが、国の民間保育所運営費負担金と相殺されるということは、「復活」はないということを認めたようなもの。

私は3党合意の内容が良いとは全く思っていませんが、その3党合意の中身すら反古にするということではありませんか。どうやって政府は説明するのでしょうか。「現金給付は国が責任をとる。現物給付(サービス)は住民に身近な地方自治体が責任ととるべき」なんてことを言うのかもしれません。これは一般論としては正しいと思いますよ。だったら子ども手当は、地方負担をやめ全額国庫負担にすべきでしょう。さらに現在地方自治体が1/4負担している生活保護費も全て全額国庫負担にしてからの話でしょう。

なんか理念も具体的政策もメチャクチャになってきた感じです。

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2011年6月 3日 (金)

政治を動かしているのは誰か

昨日の内閣不信任案をめぐる永田町の動きを見ていて、私が思ったことは「チキンレース」。みんな自らの「命」を守るために何かに怯えているように見えます。

その何かは、「自らのクビ」「解散・総選挙になったらどうしよう」「こんな時に選挙をやるなんてという声」「民・自大連立になったら存在意義がなくなってしまう」「賛成して自民党に手を貸したと言われたらどうしよう」etc、永田町に議席を持つ各政党様々でしょう。

でもよくよく考えて見ると、怯えているのは全て国民の目と声に基づくものです。私は、こういう時によく使われる「権力闘争に明け暮れて・・・・」なんてことは思っていません。だって、政治は権力闘争というのが真実。誰がどのような立場で権力を行使するのかということでしょう。圧倒的多数の国民の立場に依拠した権力闘争こそが必要なんですから。(だからこそ私は政権交代を求め、そのために行動したのですから) 永田町のみなさんが怯えているというのは、いかに国民から遊離した「権力闘争」かということを示しているのではないでしょうか。

一方で、この状況の中で政治を動かしている原動力が、国民の声と行動であるということを再認識しています。例えば、エネルギー政策の転換にしても、浜岡原発の停止、原発推進政策が続けられない状況にあること、再生可能エネルギーへの転換が不可避であること、国策民営会社である各電力会社の独占体制が崩れそうになっていること、これらのことは、菅さんがやったのでも、野党がやったのでもないでしょう。

全て、国民の声と行動がそうさせているのではないでしょうか。問題は、この国民の声と行動を基礎とした政治勢力が不在であることだと思います。

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2011年1月19日 (水)

驚きを通り越し、思わず笑った。

消費税論議が急速に進展しそうです。政権内から出された「所得税法の附則第104条を使って、野党を議論に巻き込もう」などという主張には、驚きを通り越して思わず笑ってしまいました。

この附則第104条とは、「平成20年度の含む3年以内の景気回復に向けた集中的な取組みにより経済状況を好転させることを前提として、遅滞なくかつ段階的に消費税を含む税制の抜本的改革を行うため、平成23年度までに必要な法制上の措置を講ずるものとする」というもの。

ご承知のとおり、この「附則」が成立したのは、政権交代前の麻生政権。時の財務大臣は、今回政権入りされた与謝野氏。この時野党だった民主党は反対。参院では過半数を占めていましたから否決。衆院再議決で成立したものです。

これを民主党が使って、野党を消費税議論に巻き込むというのですからね。政治にも「作法」というか「道徳」というものがあるでしょう。どういう感覚しているのか、正直言ってわかりません。

思い出すと消費税率5%へのアップの時の首相は、故橋本龍太郎氏ですが、決めたのは、自社連立政権時代の村山首相の時。今回もまた「自民党政権でもやれなかったことを民主党がやる」ということになるのでしょうか。(TPPも同様)

菅内閣が推し進める消費税とTPP。ある意味象徴的ですが、政権交代の果実を捨て去り、財務省とアメリカの意向に寄り添う、これが基本的性格といったところでしょうか。

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2010年11月23日 (火)

陳腐な議論

「暴力装置たる自衛隊」という仙石官房長官の発言について、なんとも奇妙な、そして陳腐な「議論」が、国会で繰り広げられいます。曰く「どれだけ自衛隊員が傷ついたか」、「命を賭して任務を遂行する自衛隊員に尊敬の念がない」とか。

問題視する論調が、「感情論として許せない」というものなのか、それとも「本質規定」として誤っている(まちがい)ということなのか、定かではありませんが、聞いている限りでは私には「感情論として許せない」としか聞こえません。

では、なぜ「感情論として許せない」のか、正直なところなかなかよくわかりませんし、国会の場でも追及されている方々から、その説明はありません。(説明できないから「感情論」というとり方もありますが)

私なりに類推すると、「暴力」という言葉の持つネガティブな意味合い、つまり単純化すると、「暴力はよくない」、故に「暴力装置たる自衛隊」=「よくないことをする自衛隊」ととられることが「よくない」。といったところでしょうか。

しかし、自衛隊という国家の軍事組織が暴力装置であることは、そして戦争が暴力であることは当たり前の話です。「国家という存在は、国の独立や社会の秩序を守るために、暴力装置を合法的に独占・所有しています。それが国家のひとつの定義だろうと。暴力装置というのは、すなわち軍隊と警察です。日本では自衛隊と警察、それに海上保安庁も含まれます。」と石破茂元防衛大臣がおっしゃるとおりです。

大学時代、社会学の講義でマックスウェーバーの社会学なぞ、おもしろくなくて仕方ありませんでしたが、石破氏がおっしゃっていることは社会学の基本中の基本。マックスウェーバー大先生の理論=「近代国家の必須条件」そのものです。

私が陳腐な議論だと思うのは、「暴力装置」と「実力組織」に置き換え、その本質=真理を糊塗する欺瞞性です。政治に問われているのは、本質を明らかにした上で、それにどう対処するのかということではありませんか。

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2010年6月24日 (木)

「強い経済、強い財政、強い社会保障」に思うこと

菅新政権が打ち出した「新成長戦略」について、今ひとつストンと落ちてきません。菅氏が主張する「強い経済、強い財政、強い社会保障」は、「従来対立するものと考えがちだった経済、財政、社会保障を一体として捉える政策」とのことですが、その着想自身は、私も同感です。

ところが、具体論で首を傾げざるを得ないのが、たびたび例示される「介護分野で雇用を作り出す」ということ。誤解なきよう申し上げれば、私も介護分野での雇用創出→介護職の労働条件の改善→介護サービスの充実ということは、全く持って必要なことだと思っています。

しかし、これが現行の介護保険制度を前提としているならば、上記の図式は成り立ちません。その原因は、介護保険の財源構造にあります。制度発足から10年が経った介護保険、いくつかの制度の見直しが行われてきましたが、制度の根幹である財源構造は変わっていません。介護給付費の10%を利用者が負担、残りの90%の半分を国、都道府県、市町村が負担し、半分を第1号被保険者(65歳以上)と第2号被保険者(40歳~64歳)が保険料として負担するという構造です。

これはその後の後期高齢者医療制度も同様ですが、それぞれの負担割合が決まっているため、介護費用の総額が増えれば、自動的にそれぞれの負担額が増えていく構造となっているわけです。保険料を支払う国民からすれば、介護保険を使う人が増えれば増えれるほど、「自動的に」保険料もアップするという「自動値上げ」システムになっているのです。

例えば、介護職の方々の給料を上げようとすれば、介護報酬をアップすることになります。そうなると自動的に、保険料は値上がりすることになります。もちろん、国や地方自治体の負担もアップしますが、国は「消費税増税」で財源ができるかもしれませんが、国民はどうなるのでしょうか。特に第1号被保険者(65歳以上)のほとんどは現役世代ではなく、年金生活者。所得がアップしないのに、消費税増税され、保険料値上げにさらされることになります。

消費税増税で「強い財政」をつくり、それを介護などの雇用創出に充てるということですが、一方で、重い保険料負担、利用料負担で介護サービスを利用できない高齢者が続出するのではなんのための社会保障ということになるではありませんか。

つまり、現行の介護保険制度の財源構造を壊し、新たな制度設計をしない限り、「介護分野での雇用創出」「強い社会保障」などということは、絵に描いた餅になるということです。

皮肉なことに、介護保険の制度導入時(準備過程)の担当大臣は、当時の菅直人厚生大臣だったはず。十分にこの制度の矛盾はご承知だと思うのですが、どうでしょう。制度を抜本的に見直し、新制度のもと「強い社会保障」を実現し、雇用を創出するというならば話はわかりますが是非、説明を聞きたいものです。

もちろん、その場合「強い社会保障」の基礎となる「強い財政」は、所得再配分=高額所得者、高額個人金融資産への累進課税の強化を通じてですけど。

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