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2014年3月 4日 (火)

クリミア半島

ただ今、市議会本会議は長時間にわたる「休憩中」。理由は、伊藤優太議員の一般質問について、中澤議員(共産党)から「発言の取り消し」を求める動議が提出され、議会運営委員会において、伊藤議員の発言内容を確認するため、テープおこしが行われているためです。

今後、どのように推移するかはわかりませんが、時間があるのでブログを書くことにしました。本日のテーマは、クリミア半島へのロシア軍の展開について。

プーチンの言い分がすごい。クリミアに「ロシア系住民を保護するため」に軍事介入する。ロシア国籍を持つロシア人ではなく、「ロシア系住民」ですからね。この「論理」が通用するなら、民族、人種的同一性をもつ者たちを「守る」ためには、他国の主権を侵しても良いということになります。

クリミア自治共和国が、ウクライナからの独立を宣言し、ロシアとの条約に基づいて、軍事力を展開するならば(それが良いか悪いかは別にして、いわゆる「集団的自衛権の行使」)、まだ「論理」としては少しは成り立つを思いますが、一応クリミア自治共和国はウクライナの主権下にあるわけでしょ。

今回のロシアの動きは、旧ソ連時代のワルシャワ条約機構による「集団安保」「制限主権論」を彷彿させるものがあります。かつてソ連は、この「集団安保」=「集団的自衛権」によって、1956年 ハンガリー動乱に対する軍事侵攻、1968年チェコ、「プラハの春」に対する軍事侵攻、さらに、1979年のアフガニスタン軍事侵攻をはじめ、数々の軍事介入を行ってきました。

一方、アメリカが「集団的自衛権」の名の下に行った戦争は、1958年レバノン軍事介入、1964年ベトナム戦争、1965年ドミニカ軍事介入、1979年ニカラグア侵攻、1983年グレナダ侵攻、1990年湾岸戦争、2001年NATOと共にのアフガニスタン戦争。

こうして見てみると、「集団的自衛権の行使」と称して行われた戦争で、「行使」する側に「大義」があるものは一つもありません。

「集団的自衛権」の議論の前に、これらの歴史の教訓を思いおこすべきではないかと思います。

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