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2010年5月31日 (月)

TVタックル

いやあ~なかなかおもしろかったですね。何かと言えば今日のTVタックルでの川内ひろし議員(民主党)と江田けんじ議員(みんなの党)、石原のぶてる議員(自民党)とのやりとり。川内議員の「アメリカ自身が海兵隊のほとんどが、ヘリ部隊も含めてグアムに移転すると言っているじゃないか」と迫った時。

泳いでいたのは江田議員の目。表情に出るものですね。さらに江田議員や石原議員が言っていたのは「グアムに移転するのは司令部とその家族だけ」だと。

ほう~、8000人もの部隊移転が司令部移転なのですか。2006年5月のロードマップには「約8000名の第3海兵機動展開部隊の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する」と書いてあるのにねえ。

川内議員の問いは、前にこのブログでも紹介した伊波宜野湾市長の主張と同様。本質的な問いです。これに対し、同じ民主党の安住議員はあわてて「それは民主党の公式な見解ではなく、川内さんの個人的意見ですから」と。民主党の党内状況も垣間見えるようです。がんばってください。川内議員。

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2010年5月26日 (水)

キャンプ座間部分返還地をめぐって

昨日は、座間市基地返還促進等市民連絡協議会の定期総会があり私も出席しました。定期総会ですので、昨年度の事業実績報告や収支決算、今年度の事業計画、収支予算、役員選任等が議題となりましたが、「ほぼ昨年どおり」で特にここで報告すべきものはありません。

強いて言えば、少し気になって質疑しましたが、この間の「キャンプ座間に関する協議会」(座間市と防衛省との協議機関)における5.4haの返還地に関するやり取り。

座間市:「返還候補地を市民の負担軽減のために活用させていただく際に、市の負担が極小となるような方策を一緒に考えていただけないか」「返還候補地に国として市民が利用できる施設を考えていただけないか」

南関東防衛局:「返還候補地の利用に関するご要望については、座間市の検討状況も踏まえながら現行制度の中で出来る限りの方策を検討してまいりたい」

座間市「(自衛隊)家族宿舎の中に託児所的なものを設置し、一般の園児も受け入れてもらうように検討できないか」「返還地に自衛隊病院を整備できないか」「返還地に自衛隊、米軍関係者、市民が交流できる施設を国で設置できないか」

南関東防衛局:「託児所の設置は女性自衛官の勤務比率が高い三宿などの特殊な条件下にある駐屯地等に限られていることから、当該託児所を設置する計画はない」「自衛隊病院については、現行の病院を集約化することとされていることから困難である」「防衛省が事業主体となって交流施設を設置することは困難である」

というものですが、お分かりのようになんだか「自衛隊宿舎の建設」が前提であるかのような話と託児所だとか、病院だとか、交流施設だとかやけに具体的な「お願い」。防衛省側からはあっさり否定されていますが、こうした具体的な「お願い」は、市の方針としていつ確定したのか、ということです。

小俣副市長は「市の公式の提案ではない」「議会などで出された意見などを提案した」と答えられましたが、病院などというのは初耳ですし、その論理で言うなら議会の中では自衛隊宿舎の建設自体に反対の意見も出されているわけですから、そのこともしっかりと提案すべきでしょう。

どうもこの間の防衛省とのやり取りを見ていると、「国と対等な立場での協議機関」とは思えませんね。防衛省にいいようにやられている感じです。座間市の姿勢は、要は自衛隊宿舎の建設を認める代わりに残りの土地は少しでも安く、あるいはただで座間市に使わせてほしいというもの。

しかし、いくら防衛省に返還地を無償あるいは安くとお願いしたところで、土地の返還までは防衛省の所管ですが、返還後は国有地であるため財務省の所管となります。さらに防衛省側が自衛隊宿舎をつくりたいと思っても、公務員宿舎建設の権限は財務大臣にあるわけですから、現段階ではあくまでも防衛省の「希望」でしかないわけです。

こういう構図の中で、座間市はいわば「防衛省とタッグを組んで」という戦略。防衛省側も今公務員宿舎の新設は困難な状態ですから、座間市を引き込んで「省益」を確保したいということでしょう。

まずはこの誤った「戦略」を転換しなければなりません。座間市の利益からすれば、5.4haの土地を全て市の利用に供すること、かつ無償でということです。そのためには財務省に対して、説得力ある跡地利用計画を示していくことです。そして防衛省に対しては、「これまでの、そして今後の基地負担を考えるならば、5.4haの土地は座間市が全て利用するのは当然である」「自衛隊宿舎建設はあきらめていただき、自衛隊員の方々は市内のマンション、アパート等にお住みいただきたい。その方が本市にとっても経済効果がある」と説得することでしょう。

さて、昨日の総会には顧問である星野前市長は出席されておられませんでした。残念です。ほんとは前市長に聞きたかったことがあったのです。まさに前市長の「置き土産」というべき「キャンプ座間に関する協議会」(座間市と防衛省との協議機関)ですが、最近、ある国会議員のHPで、この協議会について書いてあるのを見つけました。

公明党参議院議員 浜田まさよし公式ウェブサイト

これを読むと、浜田議員の「ご尽力」で、防衛省と「手打ち」して、反対の旗を下ろしたということになります。そのことを確認したかったのですが。

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2010年5月22日 (土)

勘違い

昨日の朝、座間駅前での出来事。おきなが明久レポートの配布活動をしている時のあるおじさんとの会話です。

おじさん「そうか、おきながさんは市民の党に入ったのか」

私「私は、初当選以来ずっと市民の党ですけど」

おじさん「市民の党ってのは、そんなに前からあったかねえ」

私「私の初当選が1996年ですから、それ以来ですけど・・・・」

話している時は、なんのことかさっぱりわかりませんでしたが、しばらくしてなぞが解けました。要はおじさんは「市民の党」と「みんなの党」を勘違いしていることだと。

最初におじさんが、「市民の党に入ったのか」と声をかけられた時、おじさんの声は弾んでいましたので、たぶん肯定的に勘違いされてのことでしょう。

このささいな出来事にも、民主党の支持率の低下、伸び悩む自民党支持率、みんなの党の支持率アップという最近の政党間の関係が凝縮されているようです。

7月の参議院選、来年の統一地方選を前にして、ざわざわと議員の腰が落ち着かない状況が生まれています。要は、どの「看板」を背負ったら「自分の選挙に有利か」といったところでしょう。

みんなの党の渡辺代表は、「アジェンダ(政策)の一致が大原則」と言っておられますが、どうなんでしょうねえ。県内の県議の中からも民主党→みんなの党という鞍替えが出始めていますが、果たして「アジェンダの一致」なのでしょうか。

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2010年5月18日 (火)

「抑止論」って?

おかげさまで、無事退院となりました。左肩に埋め込まれていた鉄板とボルトはなくなりましたが、未だ左手は肩より上にはあがりません。今後は今月末に抜糸、その後はリハビリが必要のようです。

さて、入院中テレビを見ながらいろいろ考えさせられることもありました。その一つが普天間問題。「5月末に解決できるのか」とか鳩山首相の発言の「ぶれ」などがしきりに語られていますが、私が大事な点だと思うのは鳩山首相が「説得」されたという「在沖海兵隊の抑止力」とは何かということ。

残念ながら「説得」された内容について、「情緒論」的にはいろいろ報道されていますが,いっこうにその中味について説得力ある内容が伝わってきません。まず「抑止論」への疑問としては、仮想敵並びに予想される事態とは何かということです。

北朝鮮?海兵隊は基本的には上陸奇襲部隊のはず。北朝鮮が上陸して来るのか?それとも内部崩壊にあたっての「核兵器」の除去または確保?その論理なら韓国に駐留した方が「即応性」があるのではないか。中国?中国の海軍力の増強と台湾上陸への対応?この論理だと「地上戦闘」に海兵隊が加わるということ?どちらかと言えば米第7艦隊の対応の方が現実的ではないか。そして、このブログでも伊波宜野湾市長の話を紹介しましたが、何よりも米国自身が海兵隊グアム移転で、沖縄より「態勢強化」になると認めているのに、なぜあえて沖縄にこだわるのかということ。

鳩山首相は「抑止力」について「説得された」というなら、こうした疑問にしっかりと答えるべきでしょう。そして、それは「情緒的」ではなく具体的かつ合理的に。「対等な日米関係」を掲げた鳩山政権に問われていたのは、この「抑止論」の具体的な検証であったはずです。

私は、政権交代の意義は、日本社会に覆いかぶさっていた主に二つの問題、すなわち、対外的にはいびつな日米関係、国内的には官僚支配、これを国民の声を背景に覆してしていくことだと思ってきました。変革を進めていくことができるのか、正念場に差し掛かってきたようです。

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2010年5月14日 (金)

入院中です。

久しぶりの更新ですが、入院中の病室からです。昨年秋に左肩を鎖骨骨折し、鉄板とボルトが埋め込まれていたのを除去する手術です。昨日無事手術も終り後は退院を待つばかり。おかげさまで、久しぶりにまとめて本を読むことができました。
それでも時間を持て余すしだいで、初めてケイタイからの書き込みです。もうしばらくゆっくりした時間を過ごすことにします。

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